健康とは、
“自分らしく生きる力”
33年間の
国内外での企業経験を経て
現在は秋田を拠点に
訪問マッサージを核に
健康美・姿勢解析・健康相談など
地域の皆様の健康を支える活動を行っています。
人生100年時代。
単に長生きするだけではなく、
「その人らしく生きること」を大切にしたい。
そんな想いから、
あきた訪問マッサージ院の活動は始まりました。
健康家族若々しくッ! by 院長 ROMI(草替広巳)
現場を見る力を
健康支援へ
東証一部上場企業にて、
経理にはじまり
経営企画・調達・海外法人の経営などを経験し、
国内外で多くのプロジェクトに携わってきました。
MBA(英国国立ウェールズ大学院)で習得した
「机上の理論」だけではなく
「現場偏重」と周囲に云われながら
●現場を見て聴いて
●共に考え
●行動(考動)を促し
改善していくことを
大切にしてきました。
現在の訪問マッサージ活動でも
この“現場主義”は
わたしの大切な基盤になっています。
高齢化が進む秋田では
通院が難しい方も増えています。
だからこそ
“待つ医療”だけではなく
こちらから寄り添う支援も
必要だと感じています。
あきた訪問マッサージ院では
国家資格者による訪問施術に拠って
ご本人だけでなく
ご家族の安心にもつながる活動を
目指しています。
また
健康美セミナーや地域活動などを通じて
「健康を考えるきっかけづくり」にも
取り組んでいます。
ROMI's LEGACY
~明日に輝け~
人間ROMIにご興味を持っていただけたなら↴↴↴
わたしは、
この66年間で、
たくさんのことを教えていただきました。
そして、
そのどれもが、
最後は、
とてもシンプルな言葉として、
わたしの中に残っています。
「すべての事象には、時がある」(聖書)
「10年後の自分に嘘をつかない」(若き日の誓い)
「人生、あいのまく」(気づき)
「健康家族若々しくッ!」... etc.
この投稿は、
その一粒の種を未来へ手渡すための手紙です!
人生に正解などありません!
だから、
どう生きるべきかを
書きたいわけでもありません。
ただ、
わたしが18歳で上京し、
人生の転機に出逢えたように、
未来のわたしの家族(匿名なる誰かも含む)が
人生に迷ったとき、
自分自身の「ゼロ地点」に
還ってくることができるように、
わたしがギフト🎁された言葉たちを
シェアしていきたいと思います。
もしも、
この投稿を読んだあとに、
少しだけ笑顔になってくださったなら、
とても嬉しく思います。
健康家族若々しくッ! by ROMI
人生には、
どうしても変えられないものがあります。
それは「過去」であり
そして「他人」です。
どんなに後悔しても、昨日は変わりません。
どんなに願っても、
相手を思い通りに変えることはできません。
若い頃のわたしは、
そのことがなかなか理解できずにモヤモヤしていました。
一方、変えられるものもあります。
それは「未来」であり
そして「自分」です。
未来はまだ決まっていません。
だからこそ、今日の小さな一歩が、
十年後の自分を少しずつつくっていきます。
わたしが二十歳の頃、
「十年後の自分に嘘をつかない」と決めたのも、
未来だけは、
自分の手で育てられると思ったからでした。
もうひとつ、
人生を通して気付いたことがあります。
変化は、止めることができません。
それは「社会」「仕事」「健康」「家族」、
そして「自分自身」も、少しずつ変わっていきます。
変化を敵にすると、
人生は苦しくなります。
でも、
変化に適応すると、
人生は少しずつ楽になります。
だから、
わたしは、
「成幸Be happy」と云う言葉が好きです。
「成功 success」は、
追いかけて手に入れると云うよりも、
安心して歩いていたら、
あとから付いて来たような気がします。
もしも「今日」、
何かに悩んでいるなら、
ひとつだけ、思い出してください。
変えられないものに、心を使い過ぎないこと!
変えられるものに、今日の力を使うこと!!
それだけで、
人生は少し軽くなります。
そして、
こころに少しだけ余裕が生まれます。
その余裕が、
誰かへの優しさになり、
やがて、
自分自身を支えてくれるようになります。
焦らなくても大丈夫!
聖書の言葉の通り、
すべての事象には、時があります。
だから、
今日という日を、
今日できることだけ、
丁寧に歩いてみてください。
十年後のあなたは、
きっと、
今日のあなたに、
「ありがとう(感謝/合掌)」
と微笑んでくれると思います。
健康家族若々しくッ!by ROMI
人生には、
時々、大きな分岐路があります。
右へ行けば、
より多くの収入を得られるかもしれない。
左へ行けば、
時間もかかるし、苦労も増えるかもしれない。
そんな道に出会うことがあります。
わたしも、
そんな分岐路に、何度も遭遇しました。
この数年で AI が急速に普及し、
「知識を教える」ことの価値は、
これからますます小さくなっていく・・・
だから、
「ひとをプロデュースする側へ進むべきか?」
そんなオファーもあったので、検討もしました。
それは、決して間違った考え方ではありません。
実際に、
これからの社会では「必要になる仕事」のひとつだと思います。
でも、
わたしは、違う道を選びました。
その理由は、とてもシンプルです。
わたしは、
「成功した人」を増やしたかったのではなく、
「笑顔になる人」を増やしたかったからです。
自分は何のために生きているのか?
自分の存在意義は何か?
もちろん、
誰かを応援し、
その人の事業が成長していくことは、
とても嬉しいことです。
でも、
現実には、
全員が思い描いたゴールへ到達できるわけではありません。
そのたびに、
わたしの心のどこかに、
少しだけ、
口惜しさと寂しさが残りました。
そんな時、
気付いたことがあります。
わたしは、
成功を届けたいのではなく、
安心を届けたいのだと・・・
気が付けば、
わたしは、
訪問マッサージという仕事を選んでいました。
そこには、
施術が終わったあとに、
「ありがとう」
「おしっこが思いっきり出た」
「前回のあと便秘がドバドバ解消した」
「帰り道はいつも足が軽くて気分がイイ」・・・etc.
と云う言葉をいただきます。
そこには、笑顔があります。
そして、
その笑顔は、
AI には代わることのできないものですッ!!
人生には、
正解があるわけではありません。
だから、
わたしの選択が、
正しかったとも、
間違っていたとも思っていません。
でも、
もし、もう一度、
あの日の分岐路に戻ったとしても、
わたしは、
きっと同じ道を歩くでしょう。
なぜなら、
わたしは、
成功 Success よりも、
成幸 Be happy を選びたいからです。
それと、
神さまが創られたこの世には、
どうでもいいことはないけれど
どちらでもいいことばかりですッ!
もし、
あなたが今、
人生の分岐路に立っているなら、
その道を歩いている十年後のあなたが、
笑顔でいられるかどうか・・・
そんな基準で、
選んでみてはいかがでしょうか?
健康家族若々しくッ!by ROMI
この手紙は、わたしの初孫、結月(ゆうが)へ贈る最初の手紙です。
そして、同じように、新しい命の誕生を喜ぶすべてのご家族にも、この祝福の気持ちを届けたいと思います。
2026年8月5日(21:16)
この日は
66歳のわたし(ジイジROMI)にとって
これまでの人生で最良の
忘れられない日になりましたッ!
君の名前は、
結月(ゆうが)・・・
生まれたことを知らされた瞬間、
わたしの心に流れてきた曲があります。
あなたの母実優も
赤ちゃんの時から
何度も耳にしている
峰純子さんが歌った
"A Child Is Born" ・・・
わたしが
二十歳の時に出逢った
大好きな一曲です。
特に、
こんな歌詞があります。
One small heart,
One pair of eyes.
One work of art...
「ひとつの小さな心」
「ひと組の瞳」
そして、
"One work of art"
ジイジには、
「神さまが創られた、ひとつの奇跡の芸術作品」
と云う言葉に聞こえます・・・
誕生日は、
単に「生まれた日」ではありません!
神さまが、
あなたのために準備してくださった大切な日です!!
一年に一日しかない、
あなたの記念日です。
だから、
毎年この日が来たら、
わたしが生きている限り
「生まれてきてくれてありがとう」と、
わたしはあなたに
そう伝えることでしょう。
そして、
「結月」という名前・・・
これは、
お父さん、お母さんから、
あなたへ贈られた、
人生最初のギフト/プレゼントです。
名前には、
願いがあります。
祈りがあります。
愛があります。
だから、
大きくなったら、
一度、
お父さんとお母さんに聞いてみてください。
「どうして、この名前を付けてくれたの?」
その答えは、
きっと、
あなたがこれから生きていく中で、
何度も支えになってくれると思います。
ジイジはこれまで、
たくさんの分岐路を踏んできました。
そして、
そのたびに思うことがあります。
どんな道も
神さまがあらかじめ準備してくれた道・・・
どんな道を歩くにしても、
生まれてきたことそのものが、祝福です。
だから、
急がなくても佳い。
人と比べなくても佳い。
あなたは、
あなたの歩幅で歩けばそれで佳い。
結月(ゆうが)・・・
この世界へ、ようこそッ!!!!!!
結月(ゆうが)と云う
ひとつの奇跡の芸術作品に出逢えたことに ... 感謝/合掌
健康家族若々しくッ! by ジイジROM
※ 結月(ゆうが)/ Uncle 哉夢 撮影・・・「光の贈りもの」
今日、
初孫の結月に会ってきました。
娘と、
義息子と、
妻と息子と、
そして、
小さな結月・・・
みんなで写真を撮りました。
そこには、
いつものように笑っている家族がいます。
でも、
今日になって、
わたしは初めて知ったことがありました。
結月が生まれてくる道行、
娘の身体に、
思いがけないことが起きていました。
義息子は、
処置室の外で、
「このまま死んでしまうのではないか?!」
そんな不安を抱えながら、
何もできず、
ただ待つしかなかった時間があったと云います。
わたしは、
結月が生まれた知らせを受け、
只々、「おめでとう!」と喜んでいました。
その笑顔の向こう側に、
そんな時間(とき)があったことを、
わたしは知りませんでした。
そして今日、
母子ともに元気な姿を目の前にして、
あらためて思いました。
「当たり前」って、何だろう?
朝、
目が覚めること。
家族と話すこと。
一緒にご飯を食べること。
「行ってきます」
「おかえり」
と言えること・・・「行って帰り」
そして、
大切なひとが、
今日もそこに居てくれること・・・
どれも、
いつものことのように思えるけれど、
本当は、
ひとつとして、
当たり前のことではないのかもしれません。
人生には、
自分ではどうすることもできないことがあります。
そんな時、
できることは、
案外少ないものです。
だからこそ、
今日あるものを、
しっかりと受け止めて喜びたいッ!!
今日そばにいるひとに、
ちゃんと「ありがとう」を伝えたいッ!!!
幸せは、
特別な何かを手に入れた先にだけ
あるものではありません。
何でもない今日が、
何でもなく終わること・・・
それも、
とても大きな「成幸 Be happy」なのだと思います。
今日撮った一枚の写真。
五人が、
ただ一緒に笑っています。
でも、
わたしにとっては、
昨日までとは少し違って見えます。
ここに、
家族(ファミリ)が居る・・・
それだけで佳い。
それだけで、
十分にありがたい。
結月・・・
君が生まれたことで、
ジイジは、
またひとつ、
大切なことを教えてもらいました。
今日があることは、当たり前ではない。
だから、
今日を笑って生きようッ!
健康家族若々しくッ! by ROMI
... 死の瞬間のそのときまで 人生は70点くらいが佳いの哉ぁ
相手が何を意図していたのかは別にして、
「あなたの人生、いま何点くらいですか?」
と聞かれたことがあります。
わたしが43歳で、
経営企画部門の部門長の任に就いた頃の話です。
わたしは、
「まぁ、70点くらいかしら」
と応えました。
30歳の自分が描いていたサラリーマン像からすれば、
43歳でのその昇進は、
「百点満点」・・・
のはずでした。
でも、
問われた瞬間に、
とっさに口から出たのは、
「70点くらい」・・・
その「差」は、何だったのか?
あれから約四半世紀を生きてきて、
そのこたえが、
少し見えてきたように思います。
人生、
生きている過程では、
70点で十分。
むしろ、
70点くらいが、ちょうど佳いッ!
なぜなら、
まだ途中だからです。
失敗もする。
誰かを傷つけることもある。
思ったようにならないこともある。
選んだ道を、
「あっちだったかなぁ・・・」
と思うことだってありました。
いまだって・・・(笑)
それで佳い。
わたしは二十歳のころから、
「人生は8勝7敗で佳い」
と思っています。
そして、
のちにMBAスクールで学んだ
出口戦略 exit strategy
なんて専門用語は知らなかったけれど、
「7敗」には、
常にリミットを設定してきました。
失敗したとき、
「ここまで」
と云う出口を決めておけば、
その負けは、いつか終わる。
傷口も、
設定した範囲内で収まります。
逆に、
8勝には、リミットがありません。
嬉しかったこと。
誰かと笑ったこと。
愛したこと。
愛されたこと。
誰かの役に立てたこと。
「ありがとう」と云ってもらえたこと。
そんな「勝ち」は、
大きさを測る必要もなければ、
上限を決める必要もありません。
だから、
8勝7敗なら、
十分に幸せです。
むしろ、
7回負けたからこそ、
その悔しさのおかげで、
8回の勝ちが、
ありがたく感じられるのかもしれません。
そして、
もうひとつ・・・
わたしは、
死ぬ瞬間 the moment of death こそが、
人生の100点(百点満点)
だと思っています。
生きている途中で、
100点を取る必要なんてありません。
70点の日もある。
30点の日もある。
ときには、
赤点の日だってあるでしょう。
それでも、
次の日があります。
生きている限り、
答案用紙は、
まだ提出してはいません・・・
だから、
書き直せば佳い。
考え直せば佳い。
また、
誰かと笑えば佳い。
そして、
いつの日か、
誰しも必ず最後の瞬間を迎えます。
その時、
「あぁ、佳い人生だったなぁ」
と思えたら、
そこで初めて、
100点をつければ佳い。
成功 Success したから、
100点なのではありません。
お金を残したからでも、
何かを成し遂げたからでもありません。
最後まで、
自分の人生を生き切った。
それだけで、
100点です!!!
だから、
今日のわたしは、
70点で佳い。
70点だからこそ、
まだやることがある・・・
70点だからこそ、
残りの30点は、
「面が白い」・・・面白い!
なので、
明日のわたしは、
60点とれたら、それで満足です(笑)
それでも、
安心して生きていけます。
100点を取る日は、
ずっと先に、
ちゃんと残してあるのですから。
人生8勝7敗。
生きている間は70点で、成幸 Be happy!
そして、
死ぬ瞬間に100点。
それくらいが、
わたしには、
ちょうど佳い人生だと思います。
健康家族若々しくッ! by ROMI
... 昔の自分が残した一枚に いまの自分が文章で「続き」を書く
わたしは、
昔からよく、
「実力分だけ頑張れ」と、
子どもたちに言ってきました。
「もっと頑張れ」でもなく、
「限界まで頑張れ」でもありません。
実力分だけ頑張れば それでイイ・・・
でも、
この言葉には、
ひとつ、とても大切なことがあります。
「誰のために頑張るのか?」
と云うことです。
わたしは、
「勉強」と「仕事」は、
ここが大きく違うと思っています。
勉強は、
基本的に、
自分のためにするものです。
昨日まで知らなかったことを知る。
できなかったことが、
できるようになる。
考える力を身につける。
技術を磨く。
経験を積む。
つまり、
勉強とは、
自分の価値を高めること。
だから、
勉強するときには、
少しくらい背伸びをしても佳い。
いまの実力では届かないところへ、
手を伸ばしてみても佳い。
失敗したって佳い。
できなかったら、
また勉強すれば佳い。
なぜなら、
それは、
昨日の自分より
少しだけ成長するための頑張りだからです。
でも、
仕事は違います。
仕事は、
自分が高めてきた価値を、
他人のために提供することです。
知識がある。
技術がある。
経験がある。
資格がある。
それだけでは、
まだ「仕事」ではありません。
それを、
必要としている誰かのために使って、
初めて仕事になります。
だから、
仕事における
「実力分だけ頑張る」には、
もうひとつ、
わたしが大切にしている意味があります。
実力以上の自分を、見せないこと。
自分を、
実際よりも良く見せようとすると、
どこかに無理が生まれます。
できないことを、
「できます」と言う・・・
知らないことを、
知っているように振る舞う・・・
本当は70点の実力なのに、
100点の自分を演じようとする・・・
わたしにとって、
それは、
小さな「嘘」です。
そして、
嘘をつくと、
その嘘を守るために、
また無理をしなければならなくなります。
無理をすれば、
自分の中にストレスが溜まります。
だから、
実力分以上に頑張らない。
これは、決して
楽をするためではありません。
自分に嘘をつかずに生きるためです。
70点しかできない自分なら、
「いまのわたしは70点です」で 佳いッ!!
そして、
100点になりたければ、
100点に見せるのではなく、
勉強して、
実力そのものを100点へ近づけれることが大切ッ!
ただし、
仕事を引き受けたなら、
話はもうひとつあります・・・
70点の実力しかないからと云って、
50点しか出さなくて佳い、
ということではありません。
持っている70点は、
経過はともかく
結果は、ちゃんと相手のために使う。
出し惜しまない?!
なぜなら、
その先には、
自分ではなく、
誰かがいるからです。
お金をいただくということは、
その誰かから、
「あなたの実力を、わたしのために使ってください」
と託されることなのだと、
わたしは思っています。
だから、
実力以上には見せない。
でも、
持っている実力以下の仕事もしない。
これが、
わたしの云う、
「実力分だけ頑張る」です。
勉強では、
自分の価値を高めるために、
少し背伸びをしても佳い。
仕事では、
高めてきた自分の価値を、
誰かのために、
誠実に使えば佳い。
勉強は、自分の価値を高めるためにッ!
仕事は、高めた自分の価値を、他人のためにッ!
同じ「頑張る」でも、
向いているベクトルが違います。
ひとつは、
自分へ向かうベクトル。
もうひとつは、
誰かへ向かうベクトル。
そして、
この二つを繰り返しながら、
自分にできることが、
少しずつ増えていく。
それで佳いのだと思います。
もし、
「もっと頑張らなくちゃ」
と思って苦しくなったら、
一度だけ、
自分に聞いてみてください。
「いま、わたしは実力を高めようとしているのか?」
それとも、
「実力以上の自分を、誰かに見せようとしているのか?」
前者なら、
ちょっと背伸びをしてみれば佳い。
後者なら、
背伸びをやめれば佳い。
そして、
誰かのために仕事をする時には、
いま持っている実力を、
惜しまず使えば佳い。
それ以上でもなく、
それ以下でもなく、
実力分だけ頑張れば佳いッ!
その方が、
自分に嘘をつかなくて済みます。
そして、
自分に嘘をつかなければ、
余計なストレスを抱えず、
安心して生きていけます。
わたしにとって、
「実力分だけ頑張る」とは、
頑張らないための言葉ではなく、
安心して、誠実に頑張り続けるための言葉・・・
そんな風に思います。
健康家族若々しくッ! by ROMI
... 昔のわたしも すでに「ライブ」について書いていました(笑)
https://www.youtube.com/watch?v=-VDd7cwpOV0
今日、
秋田ミュージックフェスティバルへ
行ってきました。
そのことは、
個人のFacebook↴↴↴に書きました。
https://www.facebook.com/hiromixsakae/
でも、
書き終わってから、
もうひとつ
残しておきたいことがあることに
気づきました。
今日のライブを聴きながら、
18歳のわたしが、
教会で出逢った先輩
上野さんから教えてもらった
ひと言を思い出したからです。
「ジャズは、超一流プレイヤのレコードよりも三流のライブだよ」
あれから、約半世紀・・・
なぜ、この言葉が、
ずっとわたしの中に残っているのだろう?
前回の手紙で、
「実力分だけ頑張る」
と云うことを書きました。
考えてみれば、
ライブも同じなのかもしれません。
今日の自分以上に
上手く見せる必要はない。
でも、
今日の自分が持っているものは、
その場にいるひとのために、
惜しまず出せば佳い。
音を外したって佳い・・・
間違えたって佳い・・・
レコードなら録り直せます。
でも、
人生には
録り直しがありません!
だからこそ、
面白いのだと思います。
人生は、レコードではなくライブ!
今日というステージで、
実力分だけ精いっぱい演奏する。
それが
波動として伝わるから
レコードにはない感動があるッ!?
そして明日になったら、
また明日の自分の音を出せば佳い。
人生、いつだって本番のライブですッ!
健康家族若々しくッ! by ROMI
わたしが17歳、高校生だったころのことです。
ラジオから流れてきた、
ひとつの言葉がありました。
「すべての事象には、時がある」
曽野綾子さんが出演されていた
「心のともしび」というラジオ番組でした。
曽野さんは、
「今日を生きる」というテーマで
長くお話をされていました。
わたしは、
毎週のように聴いていました。
その中で出逢ったのが、
聖書の「伝道の書」の言葉です。
いまは、
「コヘレトの言葉」と呼ばれていますが、
わたしには、
やっぱり「伝道の書」という名前の方が
しっくりきます。(笑)
そこには、
生まれるに時があり、
死ぬるに時がある。
植えるに時があり、
抜くに時がある。
泣くに時があり、
笑うに時がある。
人生のあらゆる営みには、
それぞれに「時」があることが書かれています。
17歳のわたしに、
そのすべてが理解できていたはずはありません。
でも、
「すべての事象には、時がある」
この言葉だけは、
不思議なくらい、
すっと自分の中に収まりました。
そして、
約半世紀を生きてきたいま、
この言葉は、
わたしの人生のいろいろなところに
つながっていたのだと思います。
わたしがよく云う、
「神さまが創られたこの世には、
どうでも佳いことはないけれど、
どちらでも佳いことばかりですッ!」
という言葉も、
そのひとつです。
右へ行くか。
左へ行くか。
やるか。
やらないか。
成功するか。
失敗するか。
その選択だけを見れば、
人生の正解を探したくなります。
でも、
神さまの計画の中に
それぞれの「時」があるのなら、
わたしがすることは、
その時、その時を、
自分の実力分だけ生きること。
そして、
結果は神さまにお任せする。
それで佳いのだと思っています。
だから、
人生には、
安心して「どちらでも佳い」と云えることが、
たくさんあるのです。
そして、もうひとつ。
わたしが大好きな讃美歌があります。
「シオンよ、いそぎつたえよ」(教会讃美歌285)
です。
この讃美歌は、
歌っていると、
いまでも涙が出てくることがあります。
なぜ、
これほど心を動かされるのか。
若いころは、
考えたこともありませんでした。
でも、
いまになって少し分かる気がします。
そこには、
「時」と「伝える」
があるからです。
伝えるべきものがある。
でも、
伝えることのできる時が、
永遠に続くわけではありません。
だから、
「いそぎつたえよ」
なのだと思います。
17歳のころに聴いていた、
「今日を生きる」
という言葉も、
いまになって、
また違う意味を持って聞こえてきます。
昨日でもない。
明日でもない。
今日を生きる。
そして、
今日、伝えられることを、
今日、伝える。
わたしが66歳になったいま、
こうして「手紙」を
書き残そうとしているのも、
きっと、
その延長線上にあります。
別に、
誰かに急かされているわけではありません。
でも、
どこかで、
追われているような感覚があります。
「いまなんだ」
と。
声が出るうちに。
頭が働くうちに。
笑って話せるうちに。
そして、
大切なひとに
「大切だよ」と云えるうちに。
わたしが教えていただいたこと。
わたしが失敗して気づいたこと。
わたしを安心させてくれた言葉。
わたしが愛してきたひとたちのこと。
それを、
未来の家族へ、
匿名なる誰かへ、
伝えられるうちに、
残しておきたい。
だから、
この手紙を書いています。
考えてみれば、
17歳の高校生だったわたしが
ラジオから受け取った、
「すべての事象には、時がある」
というひと粒の種が、
約半世紀をかけて、
「今日を生きる」
そして、
「いそぎつたえよ」
という言葉とつながり、
いま、
この手紙になっているのかもしれません。
それならば、
この手紙を書く「時」もまた、
神さまが準備してくださった
ひとつの「時」なのでしょう。
だから、
急ぎます。
でも、
焦りません。
今日できることを、
今日の実力分だけ。
そして、
伝えられるうちに、
伝えたいひとへ。
いまなんだ。
そう思える「時」を、
わたしは大切にしたいと思います。
健康家族若々しくッ! by ROMI
わたしは、
20歳くらいのころから、
常に「10年後の自分」を考えるようになりました。
30歳になった自分・・・
40歳になった自分・・・
50歳になった自分・・・
そして、
その未来の自分に、
ひとつだけ、
約束してきたことがあります。
「10年後の自分に嘘をつかない」
と、云うことです。
未来を、
予言するという意味ではありません。
10年後の自分を、
計画通りに
つくり上げるという意味でもありません。
人生は、
そんなに思いどおりにはなりません。(笑)
前回の手紙にも書いた通り、
「すべての事象には、時がある」
と、わたしは思っています。
自分では、
変えられないことがある。
自分では、
決められない「時」がある。
そして、
もうひとつ・・・
他人の人生も、
わたしには変えられません。
わたしは、
基本的に、
他人ごとには、
あまり口を挟まないようにしています。
なぜなら、
人間関係には、
「正解」がないと思っているからです。
夫婦にも、
親子にも、
友人にも、
そのひとたちにしか分からない、
それぞれの関係があります。
だから、
わたしが外から見て、
「こうした方が佳い」
「こうするべきだ」
と云っても、
それが正しいとは限りません。
むしろ、
誰かと誰かの間に、
第三者が入ることで、
ひとつの誤解が、
もうひとつの誤解を生むことさえあります。
考えてみれば、
赤ちゃんは、
とても正直です。
お腹が空けば、
泣きます。
暑くても、
寒くても、
おしっこが出ても、
... 泣きます。
誰かに、
「お母さんに伝えておいて」
とは、言いません。(笑)
自分のことを、
自分の方法で、
直接伝えています。
大人になると、
知恵もつきます。
遠慮も覚えます。
「こんなことを言ったら、
どう思われるだろう」
と、考えるようになります。
もちろん、
それも大切なことです。
でも、
その結果、
自分が伝えるべきことまで、
誰かに
代わりに
伝えてもらおうとすることがあります。
わたしは、
あまり、
それをしてきませんでした。
できなかった、
と云った方が、
正しいのかもしれません。
子どものころ、
わたしには、
父に直接 言えないことが、
たくさんありました。
でも、
それを母を介入して伝えれば、
今度は、
母が苦しむことになる。
子どもながらに、
そんなことを感じていました。
だから、
云えないのなら、
「いまは、まだ伝える時ではない」
そう思うようになりました。
そして、
わたしが父に、
自分の言葉で、
ものを申せるようになったのは、
40歳になってからでした。
ずいぶん、
時間がかかりました。(苦笑)
でも、
いま振り返れば、
あれが、
わたしにとっての「時」だったのだと思います。
他人を、
自分の思うように変えることはできない。
他人と他人との関係を、
自分が正しいと思う形に、
整えることもできない。
では、
何ができるのか?
自分のことです!
今日、
自分が何をするか・・・
何を云うか・・・
何を云わないか・・・
どちらへ進むか・・・
そして、
10年後、
どんな自分でありたいのか?!
そこには、
わたしが選べることがあります。
だから、
わたしは、
10年後の自分を、
ときどき思い浮かべてきました。
そして、
10年後の自分から、
今日のわたしを見てみる。
今日というページに、
わたしは何を書くのだろう?
そう考えると、
不思議と、
いま何をすべきなのかが、
少し見えやすくなります。
10年後の自分に、
「あの時、本当は分かっていたのに、
どうしてやらなかったの?」
と、言われたくない。
反対に、
結果がうまくいかなかったとしても、
「あの時の自分は、
自分なりに考えて選んだよね」
と、言えるなら、それで佳い!!
だから、
「10年後の自分に嘘をつかない」
なのです。
未来を、
思いどおりにするための言葉ではありません。
他人を、
思いどおりにするための言葉でもありません。
10年後、
今日というページを読み返したとき、
自分にだけは、嘘をついていない・・・
そう思えるように、
今日を生きるための、
わたしなりの約束です。
神さまの「時(とき)」は、
わたしには変えられない。
他人の人生も、
わたしには変えられない。
でも、
その中で、
今日のわたしが、
どう生きるのかは、
選ぶことができます。
前回の手紙では、
「今日を生きる」と書きました。
今日を生きるということは、
未来を考えないことではありません。
むしろ、
10年後の自分に、
今日を見られても、
恥ずかしくないように、
今日を生きる。
目の前には、
今日(いま)という、
まだ書き終えていないページがあります。
ペンを持つのは、
他人ではありません。
今日のわたしです。
何を書くのか・・・
何を書かないのか・・・
そして、
どんな明日へ、
ページをめくるのか。
それは、
今日のわたしが、
自分で選べば佳い。
そして、
10年後・・・
計画とは、
まったく違う場所にいたとしても、
その自分が、
今日のページを振り返って、
笑っていたなら、
なお佳いですね。(笑)
変えられないものは、
神さまの「時」に委ねる。
変えられるものは、
今日の自分が選ぶ。
そして、
10年後の自分に、嘘をつかない・・・
これもまた、
わたしが、
安心して生きるために、
大切にしてきた、
ひとつの約束です。
健康家族若々しくッ! by ROMI
43歳・・・(人生二度目の出番前人事)
わたしの直属の上司は、
社長ただひとりになりました。
その社長から、
よく、
誰でもが知るシンプルな単語について、
質問されました。
例えば・・・
「おまえが言う品質って何だい?」
「お前の言う問題って何だ?」
「お前は問題と課題の違いを分かっているのか?」
「おまえはエンジニアリングって、どう考える?」etc.
正直、
最初のころは、
そんなの、
当たり前の言葉じゃないか・・・
と思っていましたが、
いざ、問われると、
辞書に書かれた
薄っぺらい回答しかできない自分・・・
そして、
よく考えてみると、
同じひとつの言葉(単語)でも、
Aさんと、
Bさん、そしてCさんでは、
そのひとが経験した背景により
受け取っている意味が、
少しずつ違うことに気づきました。
当時は「社長は俺を試している」とばかり
思っていましたが、
いまであればこそ、
それはわたしへの教育のみならず、
孤独になった社長が
従業員のひとりひとりの感覚を
受け取ろうとしていたのではないかと
思っています。
実はその頃 わたしは、
経営企画部門長として
経営変革の仕事を、
Six Sigma と云う経営ツールを用いて
取り組んでいました。
そこで大切にしたのが、
DMAIC(課題解決サイクル)の
ファーストフェーズの<DEFINE>です。
まず、<DEFINE 定義>する。
何について、
話しているのか・・・
どんな問題が存在し、
何を、
課題としているのか・・・
その言葉が、
何を意味しているのか・・・
最初のDEFINEがズレていれば、
みんなで一生懸命に、
プロジェクト(PJ)で走らせたあとで、
そもそも、違うものを見ながら走っていた
なんてこともしばしば・・・トホホ(苦笑)
だからこそ、
言葉(当たり前の単語)を、
大切にするようになりました。
そして、
あるとき、
ふと思いました。
それなら、
わたしが、
長きにわたり大切にしてきた、
「愛」って、
いったい何なのだろう?
キリスト教会では、
当たり前のように、
「愛」という言葉が飛び交います。
聖書にも、
たくさん出てきます。
でも、
「愛を大切にしましょう」と教えられれば、
誰だって、
「そうですね」と答えるでしょう。
ところが、
名詞の「愛」を
動詞の「愛する」に代えた途端、
愛するって、何をすることなのだろう?
此処が出発点になりました・・・
愛には、
いろいろな姿があります。
男女の愛・・・
親子の愛・・・
家族の愛・・・
友との愛・・・
そして、
聖書が伝える愛には
旧約聖書の神の愛と
新約聖書のイエスの愛があります。
それは
LOVEと言われたり、
アガペと言ったり、
いろいろな説明や解釈が在ります。
それを、
ひとつひとつ考えていきました。
でも、
わたしが知りたかったのは、
愛についての、
立派な説明・解釈ではありません・・・
わたしが知りたかったのは、
「ならばわたしは、いま、
どう考えて、どう動けば佳いのか!?」・・・
そこでした。
わたしは、
「行動」という言葉を、
ときどき、
「考動」と置き換えます。
考えぬいて ... 動く!
愛という言葉も、
考動にまで落とさなければ、
容易には使えない言葉になっていました。
そして、
考え抜いた先に、
そう、そぎ落としていった先に、
五つの言葉が残りました。
あ 諦めない・・・
い 威張らない・・・
の 呪わない・・・
ま 迷わない・・・
く 悔やまない・・・
頭文字を並べると、
「あ・い・の・ま・く」 です。
だから わたしは、
いつのころからか、
こう云うようになりました。
「人生、あいのまく(愛の幕)」
不思議なのは、
「愛とは何か?」と考え始めたのに、
最後に残った五つの言葉は、
全て、
「○○しよう」ではなく、
「○○しない」です。
これは
ビジネスにおいて
失敗パターンは集約(モデル化)できても、
成功パターンはモデル化できないのと
似ているかもしれません。
そうして考えると、
そもそも経営管理学が専門のわたし故に、
わたしらしいと云えるのかもしれません。(笑)
何をするべきかを、
たくさん決めてしまうと、
人生は、
だんだん窮屈になります。
でも、
これだけは、「しない」・・・
と云うものがあれば、
そのほかには、
たくさんの選択肢が残ります。
もちろん、
わたし自身も、
このルール通りに歩いてきたわけではありません。
諦めたこともあります・・・神さまの計画だから「まぁイイかッ」
いまも迷うこともあります・・・But 神さまの計画だから「まぁイイかッ」
そして、
「ああすれば佳かったなぁ」と思い返すことも、
無くはありません。(苦笑)
だから これは、
「わたしは、こう生きてきました」
と、云う自慢話でもなければ、
「自分は弱い/自分はダメだ」
と、卑下しているわけでもありません。
シンプルに云うならば
聖書の「愛」を
わたしなりに解釈して
凝縮した<五つのいましめ>のような
ポジションです!!!
前々回の手紙では、
「すべての事象には、時がある」
と、書きました。
前回は、
「10年後の自分に嘘をつかない」
と、書きました。
変えられないものは、
神さまの「時」に委ねる・・・
変えられるものは、
今日の自分が選ぶ・・・
では、
その今日(いま this moment)を、
どんな姿勢で生きるのか!?
わたしにとって、
そのひとつの答えが、
この五文字なのかもしれません。
あ・い・の・ま・く
愛について、
ずいぶん考えた末に、
わたしに残ったものは、
難しい神学でも、
立派な理論でもありませんでした。
五つの、
とても単純な「ない/しない」・・・
でも、
人生に迷ったとき、
わたしには、
このくらい単純な方が、
使いやすい。(笑)
愛とは何か?!
それは ひと言では説明できるものでもなく、
ビジネスの成功モデルが
無尽蔵にあるのと同じようなものかなぁと
イメージしています。
なので、
無理にひと言で、
定義する必要もなく、
ただ、
愛を、今日の自分の「考動」に変えるなら、
わたしは、
この五つを、大切にしたいと思っています。
あ 諦めない。
い 威張らない。
の 呪わない。
ま 迷わない。
く 悔やまない。
そして、
明日もまた、
この五つのどこかへ、
還ってくれば佳い。
人生、あいのまく(愛の幕)・・・
健康家族若々しくッ! by ROMI
これ、「実存シチュー」です。(笑)
ホワイトシチューなのに、
なぜか、少し茶色い?!
焦がしたわけではありません。(再笑)
鶏のモモ肉を、
生姜とニンニクで、
しっかり炒めてから、
ことこと、
ことこと・・・4時間ほど煮込みます。
何故、4時間なのか?
わたしが所属していた「実存読書会」が、
だいたい4時間だったからです。(再々笑)
19歳から30歳になる頃までの約10年間、
わたしは、
そんな時間を
毎月一度、過ごしていました。
そして、
いま振り返ってみると、
あの読書会は、
哲学を勉強した場所だっただけではなく、
まぎれもなく、
いまの「わたし」を育ててくれた空間でした。
この読書会へわたしを導いてくれたのは、
教会で出逢った上野さん・・・
そう、「JAZZは超一流のレコードより
三流のライブ」だと教えてくれた彼です。
あるとき、
ひょんなことから
上野さんから誘われ、
哲学の勉強を始めることになりました。
そして、
上野さんの先輩だった大石さんを介して、
細田さんと出逢います。
細田さん、大石さん、
そして、
後に静岡大学の教授になられた芳賀さんの三人は、
高校時代の同級生でした。
わたしは、
この方々のお付き合いの中へ入れていただき、
そこへ、
いろいろな学生たちが集まってきました。
約半数は、
当時の東京医科歯科大学に在籍していた医師の卵・・・
残り半分は、
わたしを含めた文系の人間でした。
いまで云うところの、
「多様性のある場」「異業種交流」です。
いま思えば、偶然の中の必然・・・
それぞれ違う背景を持ったひと達が、
時代を超える一冊の著書を通して、
各々の立場で考え、話し、
ワイガヤで議論する・・・
年齢だけでなく、
抱えている歴史も経験も違う・・・
わたしのような馬鹿は馬鹿なりの発言が許され、
メンバの発言により刺激を受けて、また、考える・・・
そんな4時間でした。
その真ん中にいたのが、細田さんでした。
当時、
一橋大学の大学院で学び、
カントやヘーゲルのあたりを、
専門にされていたと記憶しています。
わたしは、
細田さんを「知識の泉」と呼んでいました。
何を訊いても、
答えが返ってくる。
でも、
いま振り返ってみると、
すごかったのは、
知識の量だけではありません!!
わたしが「分からない」と察すると、
一段下げ、
それでも「?」な顔をしていると
二段、三段、四段、五段と
言葉を変え、事例を変え、見る角度を変えて、
わたしの顔が「納得」を示すまで
根気強く、ゆっくりと話しかける・・・
当時のわたしは、
とにかく、天皇が地上の民の言葉で語るために
降りてきたような感覚で受け止めていました。
でも、
数十年のときを経て、
いまは 少し違って見えています。
細田さんは、
答えを簡単にして、
わたしたちに渡していたのではない・・・
わたしたち一人ひとりが、
自分の頭で考えられるところまで、
降りてきてくれていた・・・
そんな気がするのです。
わたしならば、
わたしのレベルでも考えられるところまで・・・
当時、
哲学に縁もなく 訳も分からないまま
同席していた愛方(妻)にも、
愛方の頭で考えられるところまで・・・
医学を学んでいる優秀な学生には、
そのひと自身が、
新たな視点で考え始められるところまで・・・
だから、
4時間だったのかもしれません・・・
もしくは、
実存シチューが出来上がるまで
時間を計算していたのかしら(笑)
いま、
世の中では「自分の頭で考えろ」と、
しきりに言われます。
でも当時、
わたしがサラリーマンになった頃は、
少し違っていました。
わたしの感覚では、
会社の中では、
自分の頭で考える人間より、
上司の言うことを
そのまま受け止めて動く人間が
重宝されました。
まさに、
ベルトコンベアに乗ってきた仕事を、
指示された通りに、
きちんと処理することが
求められていた時代です。
ところが、
わたしは、
サラリーマンになる前から、
そして、
入社してからも、
長きに渡り、
会社の外では、
毎回4時間、
「自分の頭で考える」と云う訓練を、
知らず知らずのうちに、
受けていたのです。
のちに40歳台のわたしは、
部下たちに「自分の頭で考えろ」と
教えるようになりました。
そして、
いま、「大人のかてきょ」の塾生たちにも、
同じことを言い続けています。
でも、何故 わたしが、
そこまで「自分の頭で考える」ことに
こだわったのか?
その源流を、
これまで、
あまり考えたことがありませんでした。
今回、
昔の記憶を遡ってみて、
ようやく、
ひとつ、気づきました。
源流は、ここだったのかもしれない。
読書会には、
生まれたばかりの娘の実優も、
3歳になる頃まで、
一緒に連れていきました。
細田さんの家は、
とにかく、本だらけ・・・
本棚は当然のごとく隙間なく本が並び、
床には
いつ倒壊してもおかしくないほどの高さで、
本が積み上げられていました。
その本に囲まれた部屋で、
大人たちは、
サルトルだ、
ニーチェだ、
パスカルだ、
ケルケゴールだ・・・
「人間とは何か?」
「生きるとは何か?」
そんなことを、
4時間も、ワイガヤしてる・・・
その机の下では、
小さな娘の実優が、
本に囲まれて、
すやすやと眠っていました。(笑)
実優が目を覚ませば、
仲間たちが可愛がってくれました。
そして、
その間、
台所では、
シチューが、
ことこと、ことこと・・・
煮えています、美味しくなってきます・・・
4時間の読書会が、
終わるころ、「実存シチュー」も できあがります。
・・・
先日、
本当に久しぶりに、
その実存シチューを、
つくってみました。
当時、
何度も一緒に食べていた愛方に、
「あの味、こんな感じだったよね?」と、
確認してもらいながら・・・
ひと口、食べてみる・・・
愛方とわたしの間では、
記憶は遠いながら「そう、この味!」と
数十年前の
細田さんの味を懐かしむ・・・
そして、
あのころの空間が、そして記憶が、
少しだけ、戻ってきました。
上野さん。
大石さん。
細田さん。
芳賀さん。
そこへ集まってきた 多くのいろいろな若者たち・・・
わたしにとって、実存読書会は、
特別な存在でした・・・
細田さんと出逢い、
知らないことを知ることの喜びと出逢った
若き日のわたし・・・
いま、
67歳を目前に控え、
わたし自身の中からも、
書き残しておきたいことが、
泉のように、
次から次へと、浮かんできます。
もちろん、
細田さんほどの知識が有る由もありません。
只、あの空間が
そして 若き日のわたしに与えられたギフトが、
いまになって、
少しずつ、
自分の言葉になって、
沸き出てきているのかもしれません。
だから、
もう少し、書き残しておきたいと思います。
あの10年間、
わたしたちは、
いったい、何を読んでいたのか?!
サルトルから始まった読書会が、
なぜ、
最後には、
パウロまで遡っていたのか?
そして、
そこで出逢った、
Cogito ergo sum.(コギト・エルゴ・スム)
「我 思う(考える)、ゆえに我あり。」
という言葉を、
何故、わたしは、
Volo ergo sum.(ボロ・エルゴ・スム)
「我 意欲する、ゆえに我あり。」と
自分なりに、
置き換えたのか?!
随分と紙幅をとってしまったので、
それは、次の手紙で・・・
健康家族若々しくッ! by ROMI
今日、カトリック秋田教会のミサで、
思いがけない再会がありました。
なんと、司式をされたのは、
4年前、わたしが日本福音ルーテル教会から
カトリック教会へ「転会(転籍)」するときに、
真摯に導いてくださった傍島神父さまでした。
当時は、まだ助祭・・・
わたしの展開を見るか見ないかと云う時に、
遠くザンビアへ渡り、
宣教の任にあたられ・・・
そして今日、たまたま秋田へ!?
「あぁ、もう4年も経ったんだなぁ・・・」
そんなことを思いながら
おミサのときを過ごしました。
そしてミサを終え家路につき
4年前、
カトリック秋田教会へ転会した際に
秋田教会に寄稿した文章を、
久しぶりに読み返してみました。
するとそこには、
17歳のわたしがいました・・・
上京して
日本福音ルーテル市ヶ谷教会の
佐藤邦弘牧師と逢う前に
神さまが導いてくださった
カトリック秋田教会の
及川神父さまとの出逢い・・・
高校生だったわたしは、
その神父様から、突然、
「草替さんのアイデンティティはなんですか?」
と聞かれました。
17歳のわたしは、
神父様の前で、
何も答えられませんでした。
でも、
いまになって考えてみるならば
わたしはその後50年近くをかけて
あのときいただいた「問い」を、
考え続けてきたようにも思えます。
高校を卒業して東京へ・・・
いろいろな宗派の先生から話を聴き、
聖書を読み、
実存読書会で出逢った仲間たちと
「人間とは何か」
「自分とは何か」を考え続けました。
約45年間
日本福音ルーテル教会で
長い信仰生活を送りました・・・
そして、時が流れ
Biz拠点と生活居点を
秋田に移したわたしは、
再びカトリック秋田教会に
還ってきました。
それが4年前・・・
4年前の寄稿文を
いま読み返してみても、
「移った(転籍)」と云うより、
「還ってきた」と云う言葉の方が、
わたしにはしっくりきます。
もちろん、
ルーテル教会で過ごした長い年月を
否定するものではありません。
むしろ、そのとき(時間)があったからこそ、
いまのわたしが在ります。
実存読書会も、
仕事も、
家族も、
たくさんの出逢いも、
そして、
遠回りしたように見える道も・・・
どれかひとつ欠けても、
いまのわたしは無い・・・
以前の手紙で、
「すべての事象には、時がある」と書きました。
今日、あらためて思います・・・
4年前、
わたしの「還る時」を導いてくださった
傍島神父さまが、
ザンビアでの宣教活動の途にあって
わたしの前に立ち寄るかのように、
今日、再び秋田の祭壇に在った・・・
不思議です・・・
そして、その再会によって、
17歳のときにいただいた
ひとつの「問い」まで、
50年という時間を越えて、
わたしのところへ還ってきました。
「草替さんのアイデンティティはなんですか?」
無理に答えを出さずとも/だせなくとも
その「とき(時)」は
神さまが
準備しています・・・
若いころ、実存読書会で出逢った、
Cogito ergo sum
「我思う 故に我あり」
そして、
そこからわたしなりにたどり着いた、
Volo ergo sum
「我、意欲する 故に我あり」・・・
その言葉こそ
神さまが準備してくださった
こたえだったような気がします。
多分、
17歳のわたしが答えられなかった問いと、
20歳前後から考え続けた「実存」と、
67歳目前のわたしが書いているLEGACYは、
同じことを問い続けている...???
「わたしは、何者なのか?」
50年経っても、まだ考えている・・・
だったら、
もう少し/まだまだ
考え続けても佳いかしら?!
神さまが
初心へ還れと
あのときの「草替さんのアイデンティティはなんですか?」を、
いま一度
問うているような気がします。
健康家族若々しくッ! by ROMI