健康とは、
“自分らしく生きる力”
33年間の
国内外での企業経験を経て
現在は秋田を拠点に
訪問マッサージを核に
健康美・姿勢解析・健康相談など
地域の皆様の健康を支える活動を行っています。
人生100年時代。
単に長生きするだけではなく、
「その人らしく生きること」を大切にしたい。
そんな想いから、
あきた訪問マッサージ院の活動は始まりました。
健康家族若々しくッ! by 院長 ROMI(草替広巳)
現場を見る力を
健康支援へ
東証一部上場企業にて、
経理にはじまり
経営企画・調達・海外法人の経営などを経験し、
国内外で多くのプロジェクトに携わってきました。
MBA(英国国立ウェールズ大学院)で習得した
「机上の理論」だけではなく
「現場偏重」と周囲に云われながら
●現場を見て聴いて
●共に考え
●行動(考動)を促し
改善していくことを
大切にしてきました。
現在の訪問マッサージ活動でも
この“現場主義”は
わたしの大切な基盤になっています。
高齢化が進む秋田では
通院が難しい方も増えています。
だからこそ
“待つ医療”だけではなく
こちらから寄り添う支援も
必要だと感じています。
あきた訪問マッサージ院では
国家資格者による訪問施術に拠って
ご本人だけでなく
ご家族の安心にもつながる活動を
目指しています。
また
健康美セミナーや地域活動などを通じて
「健康を考えるきっかけづくり」にも
取り組んでいます。
ROMI's LEGACY
~明日に輝け~
人間ROMIにご興味を持っていただけたなら↴↴↴
わたしは、
この66年間で、
たくさんのことを教えていただきました。
そして、
そのどれもが、
最後は、
とてもシンプルな言葉として、
わたしの中に残っています。
「すべての事象には、時がある」(聖書)
「10年後の自分に嘘をつかない」(若き日の誓い)
「人生、あいのまく」(気づき)
「健康家族若々しくッ!」... etc.
この投稿は、
その一粒の種を未来へ手渡すための手紙です!
人生に正解などありません!
だから、
どう生きるべきかを
書きたいわけでもありません。
ただ、
わたしが18歳で上京し、
人生の転機に出逢えたように、
未来のわたしの家族(匿名なる誰かも含む)が
人生に迷ったとき、
自分自身の「ゼロ地点」に
還ってくることができるように、
わたしがギフト🎁された言葉たちを
シェアしていきたいと思います。
もしも、
この投稿を読んだあとに、
少しだけ笑顔になってくださったなら、
とても嬉しく思います。
健康家族若々しくッ! by ROMI
人生には、
どうしても変えられないものがあります。
それは「過去」であり
そして「他人」です。
どんなに後悔しても、昨日は変わりません。
どんなに願っても、
相手を思い通りに変えることはできません。
若い頃のわたしは、
そのことがなかなか理解できずにモヤモヤしていました。
一方、変えられるものもあります。
それは「未来」であり
そして「自分」です。
未来はまだ決まっていません。
だからこそ、今日の小さな一歩が、
十年後の自分を少しずつつくっていきます。
わたしが二十歳の頃、
「十年後の自分に嘘をつかない」と決めたのも、
未来だけは、
自分の手で育てられると思ったからでした。
もうひとつ、
人生を通して気付いたことがあります。
変化は、止めることができません。
それは「社会」「仕事」「健康」「家族」、
そして「自分自身」も、少しずつ変わっていきます。
変化を敵にすると、
人生は苦しくなります。
でも、
変化に適応すると、
人生は少しずつ楽になります。
だから、
わたしは、
「成幸Be happy」と云う言葉が好きです。
「成功 success」は、
追いかけて手に入れると云うよりも、
安心して歩いていたら、
あとから付いて来たような気がします。
もしも「今日」、
何かに悩んでいるなら、
ひとつだけ、思い出してください。
変えられないものに、心を使い過ぎないこと!
変えられるものに、今日の力を使うこと!!
それだけで、
人生は少し軽くなります。
そして、
こころに少しだけ余裕が生まれます。
その余裕が、
誰かへの優しさになり、
やがて、
自分自身を支えてくれるようになります。
焦らなくても大丈夫!
聖書の言葉の通り、
すべての事象には、時があります。
だから、
今日という日を、
今日できることだけ、
丁寧に歩いてみてください。
十年後のあなたは、
きっと、
今日のあなたに、
「ありがとう(感謝/合掌)」
と微笑んでくれると思います。
健康家族若々しくッ!by ROMI
人生には、
時々、大きな分岐路があります。
右へ行けば、
より多くの収入を得られるかもしれない。
左へ行けば、
時間もかかるし、苦労も増えるかもしれない。
そんな道に出会うことがあります。
わたしも、
そんな分岐路に、何度も遭遇しました。
この数年で AI が急速に普及し、
「知識を教える」ことの価値は、
これからますます小さくなっていく・・・
だから、
「ひとをプロデュースする側へ進むべきか?」
そんなオファーもあったので、検討もしました。
それは、決して間違った考え方ではありません。
実際に、
これからの社会では「必要になる仕事」のひとつだと思います。
でも、
わたしは、違う道を選びました。
その理由は、とてもシンプルです。
わたしは、
「成功した人」を増やしたかったのではなく、
「笑顔になる人」を増やしたかったからです。
自分は何のために生きているのか?
自分の存在意義は何か?
もちろん、
誰かを応援し、
その人の事業が成長していくことは、
とても嬉しいことです。
でも、
現実には、
全員が思い描いたゴールへ到達できるわけではありません。
そのたびに、
わたしの心のどこかに、
少しだけ、
口惜しさと寂しさが残りました。
そんな時、
気付いたことがあります。
わたしは、
成功を届けたいのではなく、
安心を届けたいのだと・・・
気が付けば、
わたしは、
訪問マッサージという仕事を選んでいました。
そこには、
施術が終わったあとに、
「ありがとう」
「おしっこが思いっきり出た」
「前回のあと便秘がドバドバ解消した」
「帰り道はいつも足が軽くて気分がイイ」・・・etc.
と云う言葉をいただきます。
そこには、笑顔があります。
そして、
その笑顔は、
AI には代わることのできないものですッ!!
人生には、
正解があるわけではありません。
だから、
わたしの選択が、
正しかったとも、
間違っていたとも思っていません。
でも、
もし、もう一度、
あの日の分岐路に戻ったとしても、
わたしは、
きっと同じ道を歩くでしょう。
なぜなら、
わたしは、
成功 Success よりも、
成幸 Be happy を選びたいからです。
それと、
神さまが創られたこの世には、
どうでもいいことはないけれど
どちらでもいいことばかりですッ!
もし、
あなたが今、
人生の分岐路に立っているなら、
その道を歩いている十年後のあなたが、
笑顔でいられるかどうか・・・
そんな基準で、
選んでみてはいかがでしょうか?
健康家族若々しくッ!by ROMI
この手紙は、わたしの初孫、結月(ゆうが)へ贈る最初の手紙です。
そして、同じように、新しい命の誕生を喜ぶすべてのご家族にも、この祝福の気持ちを届けたいと思います。
2026年8月5日(21:16)
この日は
66歳のわたし(ジイジROMI)にとって
これまでの人生で最良の
忘れられない日になりましたッ!
君の名前は、
結月(ゆうが)・・・
生まれたことを知らされた瞬間、
わたしの心に流れてきた曲があります。
あなたの母実優も
赤ちゃんの時から
何度も耳にしている
峰純子さんが歌った
"A Child Is Born" ・・・
わたしが
二十歳の時に出逢った
大好きな一曲です。
特に、
こんな歌詞があります。
One small heart,
One pair of eyes.
One work of art...
「ひとつの小さな心」
「ひと組の瞳」
そして、
"One work of art"
ジイジには、
「神さまが創られた、ひとつの奇跡の芸術作品」
と云う言葉に聞こえます・・・
誕生日は、
単に「生まれた日」ではありません!
神さまが、
あなたのために準備してくださった大切な日です!!
一年に一日しかない、
あなたの記念日です。
だから、
毎年この日が来たら、
わたしが生きている限り
「生まれてきてくれてありがとう」と、
わたしはあなたに
そう伝えることでしょう。
そして、
「結月」という名前・・・
これは、
お父さん、お母さんから、
あなたへ贈られた、
人生最初のギフト/プレゼントです。
名前には、
願いがあります。
祈りがあります。
愛があります。
だから、
大きくなったら、
一度、
お父さんとお母さんに聞いてみてください。
「どうして、この名前を付けてくれたの?」
その答えは、
きっと、
あなたがこれから生きていく中で、
何度も支えになってくれると思います。
ジイジはこれまで、
たくさんの分岐路を踏んできました。
そして、
そのたびに思うことがあります。
どんな道も
神さまがあらかじめ準備してくれた道・・・
どんな道を歩くにしても、
生まれてきたことそのものが、祝福です。
だから、
急がなくても佳い。
人と比べなくても佳い。
あなたは、
あなたの歩幅で歩けばそれで佳い。
結月(ゆうが)・・・
この世界へ、ようこそッ!!!!!!
結月(ゆうが)と云う
ひとつの奇跡の芸術作品に出逢えたことに ... 感謝/合掌
健康家族若々しくッ! by ジイジROM
※ 結月(ゆうが)/ Uncle 哉夢 撮影・・・「光の贈りもの」
今日、
初孫の結月に会ってきました。
娘と、
義息子と、
妻と息子と、
そして、
小さな結月・・・
みんなで写真を撮りました。
そこには、
いつものように笑っている家族がいます。
でも、
今日になって、
わたしは初めて知ったことがありました。
結月が生まれてくる道行、
娘の身体に、
思いがけないことが起きていました。
義息子は、
処置室の外で、
「このまま死んでしまうのではないか?!」
そんな不安を抱えながら、
何もできず、
ただ待つしかなかった時間があったと云います。
わたしは、
結月が生まれた知らせを受け、
只々、「おめでとう!」と喜んでいました。
その笑顔の向こう側に、
そんな時間(とき)があったことを、
わたしは知りませんでした。
そして今日、
母子ともに元気な姿を目の前にして、
あらためて思いました。
「当たり前」って、何だろう?
朝、
目が覚めること。
家族と話すこと。
一緒にご飯を食べること。
「行ってきます」
「おかえり」
と言えること・・・「行って帰り」
そして、
大切なひとが、
今日もそこに居てくれること・・・
どれも、
いつものことのように思えるけれど、
本当は、
ひとつとして、
当たり前のことではないのかもしれません。
人生には、
自分ではどうすることもできないことがあります。
そんな時、
できることは、
案外少ないものです。
だからこそ、
今日あるものを、
しっかりと受け止めて喜びたいッ!!
今日そばにいるひとに、
ちゃんと「ありがとう」を伝えたいッ!!!
幸せは、
特別な何かを手に入れた先にだけ
あるものではありません。
何でもない今日が、
何でもなく終わること・・・
それも、
とても大きな「成幸 Be happy」なのだと思います。
今日撮った一枚の写真。
五人が、
ただ一緒に笑っています。
でも、
わたしにとっては、
昨日までとは少し違って見えます。
ここに、
家族(ファミリ)が居る・・・
それだけで佳い。
それだけで、
十分にありがたい。
結月・・・
君が生まれたことで、
ジイジは、
またひとつ、
大切なことを教えてもらいました。
今日があることは、当たり前ではない。
だから、
今日を笑って生きようッ!
健康家族若々しくッ! by ROMI
... 死の瞬間のそのときまで 人生は70点くらいが佳いの哉ぁ
相手が何を意図していたのかは別にして、
「あなたの人生、いま何点くらいですか?」
と聞かれたことがあります。
わたしが43歳で、
経営企画部門の部門長の任に就いた頃の話です。
わたしは、
「まぁ、70点くらいかしら」
と応えました。
30歳の自分が描いていたサラリーマン像からすれば、
43歳でのその昇進は、
「百点満点」・・・
のはずでした。
でも、
問われた瞬間に、
とっさに口から出たのは、
「70点くらい」・・・
その「差」は、何だったのか?
あれから約四半世紀を生きてきて、
そのこたえが、
少し見えてきたように思います。
人生、
生きている過程では、
70点で十分。
むしろ、
70点くらいが、ちょうど佳いッ!
なぜなら、
まだ途中だからです。
失敗もする。
誰かを傷つけることもある。
思ったようにならないこともある。
選んだ道を、
「あっちだったかなぁ・・・」
と思うことだってありました。
いまだって・・・(笑)
それで佳い。
わたしは二十歳のころから、
「人生は8勝7敗で佳い」
と思っています。
そして、
のちにMBAスクールで学んだ
出口戦略 exit strategy
なんて専門用語は知らなかったけれど、
「7敗」には、
常にリミットを設定してきました。
失敗したとき、
「ここまで」
と云う出口を決めておけば、
その負けは、いつか終わる。
傷口も、
設定した範囲内で収まります。
逆に、
8勝には、リミットがありません。
嬉しかったこと。
誰かと笑ったこと。
愛したこと。
愛されたこと。
誰かの役に立てたこと。
「ありがとう」と云ってもらえたこと。
そんな「勝ち」は、
大きさを測る必要もなければ、
上限を決める必要もありません。
だから、
8勝7敗なら、
十分に幸せです。
むしろ、
7回負けたからこそ、
その悔しさのおかげで、
8回の勝ちが、
ありがたく感じられるのかもしれません。
そして、
もうひとつ・・・
わたしは、
死ぬ瞬間 the moment of death こそが、
人生の100点(百点満点)
だと思っています。
生きている途中で、
100点を取る必要なんてありません。
70点の日もある。
30点の日もある。
ときには、
赤点の日だってあるでしょう。
それでも、
次の日があります。
生きている限り、
答案用紙は、
まだ提出してはいません・・・
だから、
書き直せば佳い。
考え直せば佳い。
また、
誰かと笑えば佳い。
そして、
いつの日か、
誰しも必ず最後の瞬間を迎えます。
その時、
「あぁ、佳い人生だったなぁ」
と思えたら、
そこで初めて、
100点をつければ佳い。
成功 Success したから、
100点なのではありません。
お金を残したからでも、
何かを成し遂げたからでもありません。
最後まで、
自分の人生を生き切った。
それだけで、
100点です!!!
だから、
今日のわたしは、
70点で佳い。
70点だからこそ、
まだやることがある・・・
70点だからこそ、
残りの30点は、
「面が白い」・・・面白い!
なので、
明日のわたしは、
60点とれたら、それで満足です(笑)
それでも、
安心して生きていけます。
100点を取る日は、
ずっと先に、
ちゃんと残してあるのですから。
人生8勝7敗。
生きている間は70点で、成幸 Be happy!
そして、
死ぬ瞬間に100点。
それくらいが、
わたしには、
ちょうど佳い人生だと思います。
健康家族若々しくッ! by ROMI
... 昔の自分が残した一枚に いまの自分が文章で「続き」を書く
わたしは、
昔からよく、
「実力分だけ頑張れ」と、
子どもたちに言ってきました。
「もっと頑張れ」でもなく、
「限界まで頑張れ」でもありません。
実力分だけ頑張れば それでイイ・・・
でも、
この言葉には、
ひとつ、とても大切なことがあります。
「誰のために頑張るのか?」
と云うことです。
わたしは、
「勉強」と「仕事」は、
ここが大きく違うと思っています。
勉強は、
基本的に、
自分のためにするものです。
昨日まで知らなかったことを知る。
できなかったことが、
できるようになる。
考える力を身につける。
技術を磨く。
経験を積む。
つまり、
勉強とは、
自分の価値を高めること。
だから、
勉強するときには、
少しくらい背伸びをしても佳い。
いまの実力では届かないところへ、
手を伸ばしてみても佳い。
失敗したって佳い。
できなかったら、
また勉強すれば佳い。
なぜなら、
それは、
昨日の自分より
少しだけ成長するための頑張りだからです。
でも、
仕事は違います。
仕事は、
自分が高めてきた価値を、
他人のために提供することです。
知識がある。
技術がある。
経験がある。
資格がある。
それだけでは、
まだ「仕事」ではありません。
それを、
必要としている誰かのために使って、
初めて仕事になります。
だから、
仕事における
「実力分だけ頑張る」には、
もうひとつ、
わたしが大切にしている意味があります。
実力以上の自分を、見せないこと。
自分を、
実際よりも良く見せようとすると、
どこかに無理が生まれます。
できないことを、
「できます」と言う・・・
知らないことを、
知っているように振る舞う・・・
本当は70点の実力なのに、
100点の自分を演じようとする・・・
わたしにとって、
それは、
小さな「嘘」です。
そして、
嘘をつくと、
その嘘を守るために、
また無理をしなければならなくなります。
無理をすれば、
自分の中にストレスが溜まります。
だから、
実力分以上に頑張らない。
これは、決して
楽をするためではありません。
自分に嘘をつかずに生きるためです。
70点しかできない自分なら、
「いまのわたしは70点です」で 佳いッ!!
そして、
100点になりたければ、
100点に見せるのではなく、
勉強して、
実力そのものを100点へ近づけれることが大切ッ!
ただし、
仕事を引き受けたなら、
話はもうひとつあります・・・
70点の実力しかないからと云って、
50点しか出さなくて佳い、
ということではありません。
持っている70点は、
経過はともかく
結果は、ちゃんと相手のために使う。
出し惜しまない?!
なぜなら、
その先には、
自分ではなく、
誰かがいるからです。
お金をいただくということは、
その誰かから、
「あなたの実力を、わたしのために使ってください」
と託されることなのだと、
わたしは思っています。
だから、
実力以上には見せない。
でも、
持っている実力以下の仕事もしない。
これが、
わたしの云う、
「実力分だけ頑張る」です。
勉強では、
自分の価値を高めるために、
少し背伸びをしても佳い。
仕事では、
高めてきた自分の価値を、
誰かのために、
誠実に使えば佳い。
勉強は、自分の価値を高めるためにッ!
仕事は、高めた自分の価値を、他人のためにッ!
同じ「頑張る」でも、
向いているベクトルが違います。
ひとつは、
自分へ向かうベクトル。
もうひとつは、
誰かへ向かうベクトル。
そして、
この二つを繰り返しながら、
自分にできることが、
少しずつ増えていく。
それで佳いのだと思います。
もし、
「もっと頑張らなくちゃ」
と思って苦しくなったら、
一度だけ、
自分に聞いてみてください。
「いま、わたしは実力を高めようとしているのか?」
それとも、
「実力以上の自分を、誰かに見せようとしているのか?」
前者なら、
ちょっと背伸びをしてみれば佳い。
後者なら、
背伸びをやめれば佳い。
そして、
誰かのために仕事をする時には、
いま持っている実力を、
惜しまず使えば佳い。
それ以上でもなく、
それ以下でもなく、
実力分だけ頑張れば佳いッ!
その方が、
自分に嘘をつかなくて済みます。
そして、
自分に嘘をつかなければ、
余計なストレスを抱えず、
安心して生きていけます。
わたしにとって、
「実力分だけ頑張る」とは、
頑張らないための言葉ではなく、
安心して、誠実に頑張り続けるための言葉・・・
そんな風に思います。
健康家族若々しくッ! by ROMI
... 昔のわたしも すでに「ライブ」について書いていました(笑)
https://www.youtube.com/watch?v=-VDd7cwpOV0
今日、
秋田ミュージックフェスティバルへ
行ってきました。
そのことは、
個人のFacebook↴↴↴に書きました。
https://www.facebook.com/hiromixsakae/
でも、
書き終わってから、
もうひとつ
残しておきたいことがあることに
気づきました。
今日のライブを聴きながら、
18歳のわたしが、
教会で出逢った先輩から教えてもらった
ひと言を思い出したからです。
「ジャズは、超一流プレイヤのレコードよりも三流のライブだよ」
あれから、約半世紀・・・
なぜ、この言葉が、
ずっとわたしの中に残っているのだろう?
前回の手紙で、
「実力分だけ頑張る」
と云うことを書きました。
考えてみれば、
ライブも同じなのかもしれません。
今日の自分以上に
上手く見せる必要はない。
でも、
今日の自分が持っているものは、
その場にいるひとのために、
惜しまず出せば佳い。
音を外したって佳い・・・
間違えたって佳い・・・
レコードなら録り直せます。
でも、
人生には
録り直しがありません!
だからこそ、
面白いのだと思います。
人生は、レコードではなくライブ!
今日というステージで、
実力分だけ精いっぱい演奏する。
それが
波動として伝わるから
レコードにはない感動があるッ!?
そして明日になったら、
また明日の自分の音を出せば佳い。
人生、いつだって本番のライブですッ!
健康家族若々しくッ! by ROMI